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NPG Asia Materials誌に掲載:投球時の手のひらの筋活動の計測に世界で初めて成功

本領域の藤枝俊宣(A02班 早稲田大学(現:東京工業大学))の研究グループは、北里大学と共同で、「切り紙」から着想を得た伸縮配線と電子ナノ絆創膏を組み合わせた新しいウェアラブル筋電計測デバイスを開発し、野球のピッチャーの投球時に、手のひらの筋肉がどのように活動しているのかを計測(表面筋電図計測)することに世界で初めて成功しました。

表面筋電図は、医学研究や、リハビリテーションやスポーツ科学などの人間工学的分野における研究で筋活動を観察するために広く用いられています。特に、繊細な皮膚感覚を有するアスリートにとって、計測デバイスを違和感なく装着し、かつ、その場で自身の動作と筋電図をシンクロナイズさせながら確認できることはパフォーマンス向上や運動障害の克服において極めて重要です。生体計測用のウェアラブルデバイスの開発は、近年盛んに行われており、皮膚に直接貼り付けて表面筋電図を無線計測可能なBluetooth型デバイスが数多く報告されています。しかし、手のひらや足の裏といった繊細な感覚を有し素早く複雑な動きを伴い、かつ摩擦が生じやすい部位に対しては、従来のウェアラブルデバイスを装着するとこれらの問題のために装着者のパフォーマンスを下げずに表面筋電図を計測することは困難とされてきました。

本研究グループはこれまで、皮膚に貼り付けるだけで表面筋電図を計測できる極薄電極「電子ナノ絆創膏」を開発(https://www.waseda.jp/top/news/34735)し、ヘルスケア・スポーツ科学への応用を目指してきました。電気を通すプラスチック(導電性高分子))からなる電子ナノ絆創膏は、厚さ数百ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)と非常に薄くて柔らかいため、のりや粘着性ゲルなどの接着剤を用いずに皮膚に貼ることができます。また、電子ナノ絆創膏は皮膚表面にナノレベルで密着、追従するため、スポーツの際に生じる皮膚の伸縮や発汗条件下でも、破れたり剥がれたりすることなく安定して使用できます。

本研究では、ピッチャーの投球時の手のひらの筋活動を計測するため、電子ナノ絆創膏を手のひらの筋肉(短母指外転筋)に貼付しました。また、手のひらに貼付した電子ナノ絆創膏と前腕に固定したBluetooth端末をつなぐコネクタとして、装着者の投球時の手首の関節動作を妨げず、激しい(加速度の大きな)運動に対しても安定な電気的接続を可能にするウェアラブル伸縮配線を新たに開発しました。この伸縮配線は、日本の伝統工芸である「切り紙」に着想を得た構造になっており、装着したまま強い加速度がかかる投球動作を行っても手のひらの電極にかかる負荷を和らげる働きをするため、デバイスが皮膚から脱離したり、測定中に断線したりすることはありません。

この伸縮配線と電子ナノ絆創膏を組み合わせた新たなウェアラブルデバイスを用いて、研究チームは、野球経験者の投球時の手のひらの表面筋電図をリアルタイムで計測することに世界で初めて成功しました。さらに、ハイスピードカメラで撮影した投球動作の映像と計測した筋電波形を同期させて、ストレートとカーブの投球時の前腕と手のひらの筋活動を比較したところ、前腕の筋活動には球種間でほとんど違いが見られなかったのに対し、手のひらにおいては力を入れるタイミングに若干の違いがあることを初めて見いだしました。

電子ナノ絆創膏と伸縮配線を組み合わせた本デバイスは、装着者が皮膚に違和感を覚えずに使用できるため、実際の運動に限りなく近い状態での筋肉の活動を計測できます。従って、あらゆるスポーツにおいて繊細な皮膚感覚を有するアスリートのパフォーマンスを詳細に解析するためのツールとして利用できます。例えば、野球やゴルフ、ダーツといった適切な力加減が必要とされる種目にはイップスと呼ばれる運動障害が存在します。これは、「無意識的な筋活動の乱れ」(オックスフォードスポーツ医科学辞典,2006)によって、今までできていた比較的簡単なプレーができなくなる症状とされています。本デバイスを利用して運動中の手指の筋活動を詳細に理解できるようになれば、イップス改善法策定に向けた一助となることが期待できます。さらには、音楽や工芸におけるプロフェッショナルの筋電図も記録できます。

本研究成果は、2019年12月12日午前1時(英国時間)に英国のNature Publishing Groupのオープンアクセス科学誌『NPG Asia Materials』のオンライン速報版に掲載されました。

論文名:“Elastic kirigami patch for electromyographic analysis of the palm muscle during baseball pitching” (野球の投球時の手のひらの筋電解析用切り紙型パッチデバイス)
論文リンク:https://doi.org/10.1038/s41427-019-0183-1

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