領域概要
領域代表より
領域代表:鈴森 康一(東京工業大学・教授)
有史以来、科学技術はひたすら「パワー」と「確実性」を追い求めてきたとは言えないだろうか。確実な動作を求めて機械も材料も「かたさ」を追求してきた。一方、近年、機械・電子、情報処理、材料科学、等、複数の異なった分野で、生体システムが持つ「やわらかさ」を指向する新興学術が同時多発的に勃興してきた。これは偶然ではない。生体・人間中心へ傾向する科学技術の大きな流れが背景にあると我々は捉えている。本領域では「やわらかさ」を目指す新興学術の種を融合し、出会うはずのなかった研究者を出合わせる。それによって、従来の科学技術とは真逆とも言える価値観に立脚した大きな学術の潮流を創りだす。我が国には各分野にトップランナーがいる。いまこそ世界に先駆けて、「やわらかさ」に立脚する学術領域「ソフトロボット学」を拓くときである。
新学術領域「ソフトロボット学」
本領域では、生命現象のプラットフォームたる有機体に特有の「やわらかさ」に注目する。様々な分野で「やわらかさ」を共通項とした学術研究が同時多発的に起こっている。「かたいものからやわらかいものへ」という科学技術の国際的潮流は、人間を含む生き物に寄り添う科学技術への志向が背景にある。生物学・情報科学・物質科学・機械工学・電子工学を有機的に束ねるサイエンスは未踏の領域であり、融合が望まれている。やわらかさの導入は、新規学問体系の構築を伴う本質的な変革をもたらし、既存の学問分野では未だ汲みつくされていない膨大な知見が開かれると考える。
本提案では、生物の特長を備えた「生体システムの価値観に基づいた自律する人工物」を企図し、新たに「ソフトロボット」として定義する。生物の身体は、やわらかく、その形態と構造、仕組み、情報処理機構のどれをとっても現在の我々が構築しうる人工物とは根本的に性質を異にしている。我々は、このフロンティアを新学術領域「ソフトロボット学」と名付ける。各分野で起こっている新しい研究群を融合させ、ソフトロボット学の大きな学術的潮流を創りだすことが本領域の目的である。
取り組み
新学術領域「ソフトロボット学」は、生物の模倣再現にとどまらず、生物に学びつつも、生物を越えた人工物を射程にとらえる。その体系は、「ソフトロボット設計学」、「ソフトロボット物質学」、そして「ソフトロボット情報学」で構成する。
「ソフトロボット設計学」では、メカトロニクスとバイオメカニクスの融合を図る。それによって「しなやかな体」のデザインを目指す。生きた細胞を取り込んだバイオハイブリッドデバイスも含まれる。「ソフトロボット物質学」は、これまで機械に使われたことのないスマートマテリアルによって「しなやかな動き」を作り出す。極限の柔らかさ・伸縮性を持つエレクトロニクスの実現、高分子材料を利用した生体筋肉に匹敵する人工筋肉、そして歯車などの従来の機構とは異なるソフトメカニズムが対象となる。「ソフトロボット情報学」は、ソフトウェアとハードウェアが不可分に結合した「しなやかな知能」を設計することを目指す。やわらかいマテリアルのダイナミクスを情報処理デバイスとして活用することで、これまでの情報処理デバイスの限界を突破することを目指す。また、やわらかい身体上に化学反応系を導入することで、自発活動を誘導し、周期運動や、化学的な体内時計を獲得させる。