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領域内連携研究成果:自励振動ゲルを用いた微小ソフトポンプ
●研究チーム
研究代表者 田中 陽(理化学研究所)
共同研究者 前田 真吾(芝浦工業大学)
本領域の田中陽(B01班 理研)グループと前田真吾(A03班 芝浦工業大学)グループは共同で、Belousov–Zhabotinsky (BZ)反応(自律的な化学振動反応)の化学エネルギーを用いた一方向への送液機能をもつ微小ポンプを初めて実証しました。
超小型でクリーンかつ自律的に駆動するデバイスは理想的な機械ですが、旧来の機械工学的発想では電源や送電・制御部等が必要で、高機能化には限界があります。その解決手段の一つとして、研究代表者らははこれまで生体細胞や組織の機能を搭載したデバイスを開発してきました。これは、化学エネルギーのみで機能発現でき、自律的に駆動するという点できわめて特徴的であり、これまで、心筋細胞ポンプやミミズの筋肉を用いたポンプなどを開発してきました。しかし、このような生体を用いたデバイスは、原理的な特色や機能は画期的ですが、耐久性や倫理的な問題から実用化にはかなりの時間を要します。その開発と併せ、生体を模した材料でのデバイス開発も欠かせません。そこで研究代表者らは本領域で研究が進められている自励振動ゲルに着目しました。これは、生体の代謝反応の化学モデルにもなっている循環反応をゲル内で引き起こし、その化学エネルギーを力学エネルギーに転換することで周期的膨潤収縮振動を生み出すもので、大きな体積変化を起こせます。この材料を心筋の代わりに用いることで、生体を使わず生体と同様自律的に駆動するマイクロポンプを実現できると着想しました。
ポンプのデザインは、図1に示しましたように、ゲルが膨潤したときにプッシュバー構造を押さえ、チャンバーを圧縮して流体を押し出し、逆止弁で一方向流れを生み出す機構としました。これは、ゲルの引っ張り方向の力を利用する場合はスペースが必要となり、小型化が難しいからです。この場合、棒(バー)状のゲルの膨潤した際の変位を効果的に流体に伝えられます。
実際に試作した自励振動ゲル駆動型マイクロポンプを図2に示します。土台となるマイクロ流体チップは柔軟で変形可能なシリコンゴムで作製しました。まず、ゲルの膨潤収縮によって直接駆動する部分にあたる、プッシュバー構造をどれだけ変位させられるか計測しました。ゲルバーを固定したガラス板とプッシュバーの間に挟んだ状態でプッシュバー変位を近接カメラで動画撮影して見積もったところ、約110 μm、プッシュバーを動かす力としては約0.07 mNと概算されました。
次に、実際のポンプ機能を実証しました。すなわち、図1下のように、マイクロ流路内流体を蛍光微粒子で可視化し、その流れを蛍光顕微鏡で観察しました。逆止弁(バルブ)はシリコンゴムをきわめて薄く(約10 μm)して成型した膜をチャンバーの下の基板を貫通する穴を片側のみふさぐ形で作製しました。その上で、ゲルを搭載し、25°C条件で数十分マイクロ流路内の観察を続け、撮影動画から粒子の動きを解析しました。結果、図3のように、少なくとも複数周期でゲルの膨潤収縮と同期して粒子が順方向に動くか静止に近い状態になることを繰り返し、トータルとして正味の流量が得られている(すなわちポンプとして機能している)ことが実証されました。流量は平均で約0.28 µL/minと、微小ポンプとしては十分な流量が出ています。
また、自励振動ゲルの大きな特徴として、温度応答性が挙げられます。温度上昇に従い、反応速度が上がり、すなわち膨潤収縮の周期が短くなる(周波数が大きくなる)ものですが、これを利用してポンプの流量制御が可能か検証したところ、ポンプの周波数ならび流量が温度に応じて上昇することが確認されました。これは、例えば埋め込みデバイスを考えたとき、体温変化に応じた薬物放出といった応用も可能となり、実用的な意義も大きいものといえます。
本ポンプは、従来のポンプに比べ、材料がソフトで無音、さらに自律的に駆動し、燃料補給も容易で温度制御も可能といった特徴があり、将来医療デバイスやウェアラブルデバイスにも展開できる可能性を秘めています。また、本デバイスは、同様に力は弱いが自律的な動きをする生物搭載型デバイスの作製技術をもとに自励振動ゲル機能を集積したもので、効率は良いが結局は電力など外部制御に頼る研究とは一線を画しています。さらに、生物機械融合デバイスのモデルとしても意義深く、これをどう使っていくかという将来の姿を提示しているとも考えています。
本成果は、Elsevier発行の科学雑誌『Sensors and Actuators B: Chemical』に掲載されました。
論文名:A chemical micropump actuated by self-oscillating polymer gel
論文リンク:https://doi.org/10.1016/j.snb.2021.129769